クレインが生きる時代の千年前に完成した、世界を管理するシステム。最適な資源配分を実現し、基礎所得(ベーシック・インカム)が導入されたことで、大半の人類は働かなくても生きていくことができる「楽園」が実現した。地球をくまなく覆うセンサーグリッドと、それを結ぶ複雑系量子ネットワーク、そしてセンサーとネットワークに電力を供給し続ける環境発電ユニットクラウドにより構成される。
現在、このシステムはゆるやかに崩壊に向かっており、システムの維持のため再起動が必要になっている。
基礎所得や高度な医療などフラクタルシステムの恩恵を世界のどこにいても受けるため、人は常にシステムに接続しライフログをサーバーに向かって送信する必要がある。側頭葉の片隅、こめかみの奥、数センチのところに形成される人工的な神経中枢と無線アンテナが、「フラクタルターミナル」である。
ターミナルは網膜のうえにスクリーンを張り、聴覚に介入してドッペルなど拡張現実の知覚も可能にする。ほとんどの人々はそのインストールを済ませていることから、社会生活は拡張現実への接続を前提としている。
ネットワークに支援された人工知能プログラムで、使用する人間の代理的役割を果たす。日常の出来事は、ほぼその人と同じように判断し応答する。使っている人間そっくりの外観をまとわせることもできるが、システムが崩壊しかけているクレインの時代では、完全なドッペルとして表示されることが難しくなっており、奇妙な形態をしていることが多い。クレインは両親のドッペルと共に生活しているが、実物の両親はクレインとは別に暮らしている。フラクタルターミナルを通して知覚することができるため、ターミナルを除去しているグラニッツ一家はバイザーなどを用いないと見ることができない。
フラクタルシステムの機能を維持するために結成された技術者集団で、超高空に存在する「浮遊島」を本拠地とする。フラクタルの基幹技術が忘れ去られ、その振る舞いがしばしば宗教に類似しているためそのように呼ばれている。僧院の使命は、千年の経年劣化のため、徐々に崩壊し始めているフラクタルシステムの機能低下を最低限に抑え、またその人々への影響を最小限にとどめることである。現在システムを管理する最高位“祭司長”はモーランであり、僧院の象徴としてシステムの政(まつりごと)を担う。
フラクタル完成後の千年を人類が堕落し誇りと気概を失った「失われた千年」と規定し、フラクタルからの人類の解放を訴える政治・宗教運動。グラニッツ一家をはじめ、ロストミレニアムの支持者たちはフラクタルターミナルの機能を停止させるターミナルを注入しネットワークへの接続を拒否しているため、拡張現実を見るために風変わりなテクノロジー(バイザーなど)を用いていることが多い。農作物を育て、書籍を使って子どもたちを教育、病気になってもフラクタルによる体内生体物質調整には頼らないため、フラクタルシステムに接続していれば助かる病気でも命を落とすこともある。
無数の小集団が乱立した混乱状態にあり、そのなかには、僧院へのテロリズムも辞さない過激派から、フラクタルの「犠牲者」である圏外難民の救済に勤める穏健派までさまざまな集団が存在している。
ゆっくりと崩壊しているフラクタルシステムには定期的にセキュリティパッチが公開されているが、システム不全によりリモートでのアップデートが著しく困難となったため、その対策として僧院が作り上げたフラクタルターミナルの一斉システムアップデート作業。新月の夜にいくつもの星(ネットワークを繋ぐ高々度浮遊中継基地、通称バルーン)が集まりシステムデータを一気に書き換えるため、人々はシステムが再起動する数分のあいだネットワークと拡張現実から完全に切り離される。5年以上アップデートを受けないと、ドネの支給やドッペルの再生などに障害が起こると言われている。
また、このアップデートにより僧院は人々がフラクタルシステムを肯定的に受け入れるようにコントロールしているとも言われている。